車 【ドライブ】



 「ヤコ、ピクニックに行くぞ!」
 弥子が事務所の扉を開けるなり、ネウロは笑顔で決定事項を告げた。
 帽子をかぶり、片手にトレッキングポール、もう片方の手にバスケットという
いでたちは、まだ弥子が高校に通っていた頃、山村の森林で有毒ガスが発生した
時のことを彷彿とさせる。
 「うん、言うと思ってた。下に車、まわしてあるから」
 あまりにも予想通りな言葉に、弥子は思わず笑ってしまう。
 とある山が火山活動を始めたという新聞記事。まだその内容は詳しく書かれては
いなかったものの、噴火のおそれもあるとなれば、どこかに瘴気の濃い場所がある
可能性は高い。
 魔界から戻ってからしばらく、ネウロは謎を喰うことを優先していたが、瘴気の発生が
期待できる情報が入ってくれば、体調管理にも時間を割くだろうという弥子の予測は
簡単に当たった。
 「車?」
 「そ、車。免許を取って、車買ったの。こういう時、すぐに出られるように」
 窓際、ネウロの隣まで歩き、弥子は道路を指差す。
 「ほう。……意外にいかつい車を選んだではないか」
 「多少道が悪くても、大丈夫な車がいいかなって。毒ガスが出た村だってけっこう
山奥だったし、あんまり街乗りはしないしね」
 「ミジンコが、足りない知恵を振り絞って考えたわけだな」
 中身はいつもと変わらないが、どこか満足げな声音に答えることはせず、弥子は
踵を返した。が、全く進まないうちに床に突っ伏すはめになる。トレッキングポールで
弥子の足をひっかけたネウロは、さらに笑みを深くして手を差し出した。
 「おやおや。慌てて転んでしまうくらい、先生は僕に早く車を見せたくて仕方が
なかったんですね」
 「こんのっ!……あ〜、ま、いいや。駐禁貼られたくないし、行こっか」
 弥子は怒りかけて脱力した。あれこれ言ったところで、相手は痛くも痒くもない。
 それなら無駄なことはせず、さっさと出発した方がいい。差し出された手を借りて
立ち上がる。
 ふたりして事務所を出れば、あとは目的地までドライブだ。
 「お願いだから、瘴気の来ない場所で待機させてよね」
 「……さて」
 「……引っ張ってく気満々かよ……」
 弥子はため息をつきつつハンドルを切り、横目でネウロの様子を窺った。助手席で
脚を組み、外を眺める姿を見て、心の中でひとつ頷く。やはり、ある程度の大きさの車を
選んで正解だった。コンパクトカーでは、ネウロには少し窮屈だっただろうから。
 信号で止まっていると、窓から入ってくる風が髪を揺らした。弥子はその髪を耳にかけ、
カーオーディオのスイッチを入れる。アヤの歌声が、車の中に流れ出した。
 唇だけを動かして歌詞をなぞる自分に、自分で少し笑う。弥子は青に変わった信号を
確認し、アクセルを踏み込んだ。




            end



Neuro      Menu
















長身の人はコンパクトカーがけっこう窮屈、というのは、実は実体験があったりします。
正確な身長は忘れてしまいましたが、190cm近い友人が私の車の助手席に
座った時、あともう少しで頭が天井につきそうだったのはちょっと衝撃でした。


inserted by FC2 system