睡 【こちょうのゆめ】 「終わった……」 いつもとそれほど量は変わらなかったはずなのに、やけに時間がかかってしまった宿題が やっと終わった。 思わずノートの上に突っ伏すと、シャープペンシルがころん、と手を離れた。それが床に 落ちなかったことを確認して、思わず目を閉じそうになる。が、それはまずい。 弥子は勢いをつけて立ち上がり、机に広げてあったものを鞄に入れていった。時計を 見れば、やはりいつもより遅い。 「あかねちゃん、また明日ね。ネウロ、私帰るか、ら……?」 あかねに手を振り、事務所のドアに向かいながらかけた声が中途半端に止まる。 ソファに座ったネウロが俯いている。本は開かれたまま膝の上。近づいて覗き込めば、 いつになく深く寝入っている様子なのがわかった。 そっとその髪に手を伸ばして、弥子は少し逡巡した。指が小さく行きつ戻りつした後で、 結局その手を引っ込める。夢の中でしてもらっていたように、自分もネウロの髪に指を 滑らせてみたいと思ったのだが。 今のように意識してそうする時も、そうでない時も、ふとした瞬間にネウロに触れたがる 手を弥子は知っている。そして、触れたいのに、どうしてか躊躇してしまうことも今回に 限らずあった。 もう一度手を伸ばそうとして、やはりやめる。 反対側のソファに鞄を置き、取りに行くのは自分用の膝掛けだ。ネウロの手から離した 本をテーブルの上に閉じてから、膝掛けを広げた。おそらく、どころか確実に必要がない 相手ではあるが、ただ帰るのはなんとなく気がとがめる。 ネウロに膝掛けをかけて、鞄を持ち上げる。今度こそ帰ろうとしたところで、弥子は足を 止めて振り返った。 「おやすみ、ネウロ」 小さな声で口に出し、全てではないが明かりを落とす。あかねに手を振れば、あかねも おさげを揺らして見送ってくれた。 今しがたの躊躇と幸せな夢の余韻とを思いながら、家への道を急ぐ。いつかこのふたつが 繋がることがあるだろうか。弥子はそっと自分の髪に触れた。 end おまけ |