詠 【Christmas Song】



 窓際のクリスマスツリーが、とりどりの色を瞬かせている。それに誘われるように
弥子が手を伸ばせば、触れた場所の像がぼやけて揺れた。
 置いた場所に像を結ぶこの機械は、今年のヒット商品だ。一辺が5センチ程の
コンパクトな立方体で、様々なものを映し出す。クリスマスツリーや鏡餅、七夕飾りなど、
設定しだいで像の大きさも自在、しまっておくにも場所をとらない。
 こうして旅先に持って出ることも簡単とあって、夏に売り出されたにもかかわらず、
未だ品薄である。
 床に置かれたそれは、弥子の肩ほどの高さのクリスマスツリーを映し出していた。


  ―――  途切れ途切れ ホログラムは
          指にふれると ほどけてゆく  ―――


 お気に入りのクリスマスソングを、弥子は小さく唇に乗せた。
 この歌を知った時には、本当にそれができるようになるとは考えてもいなかった。
 弥子は笑い声を抑えて窓へと目を移す。
 標高の高い地域にあるこのオーベルジュは、周囲に民家がほとんどない。木々に
隠されて街灯も遮られるため、星がよく見えた。


  ―――  窓の向こう 銀河はどしゃぶり
          まるで ダイヤモンド  ―――


 窓ガラスが息で曇る。
 それを拭いたのは弥子ではなかった。
 「いつのまに……」
 「季節はずれのクツワムシが鳴いていれば、嫌でも目が覚める」
 すぐ傍まで来ていたネウロはそう言ったが、そう不機嫌でもなさそうだ。思い返して
みても、寝起きで不機嫌になったのは見たことがないように思う。
 弥子はネウロに向き直ろうとして、耳に入ってきた声に動きを止めた。


  ―――  街の灯は まばゆいトレモロ
          ゆらゆらと燃えて Jing a-Ring a-Ding  ―――


 「……だったか?」
 弥子は答えられなかった。初めて聴いたネウロの歌声。静寂の中を漂うような低音が、
小さくない驚きをもたらしている。
 固まった弥子をそのままに、ネウロは窓を開けた。弥子は気付いていなかったが、
雪が降り始めていたようだ。ネウロは弥子の手を取り、窓の外に差し出した。
 「わあ!……って硫酸の粉雪(イビルブリザード)じゃねーか!」
 舞い落ちる雪に目を奪われていた弥子は、腕の痛みに顔をしかめて、慌てて腕を
引っ込める。
 「魔力の無駄遣いすんな!!……喜んで損した。あー、さむ……」
 窓を閉め、今度こそ振り向こうとした弥子だったが、再びそれは果たせなかった。
 背後からネウロに抱きすくめられている。そしてまた腕を取られたかと思うと、
硫酸の粉雪(イビルブリザード)が触れた場所に、ネウロの唇が降りてきた。弥子が首だけをひねって彼を
見上げれば、身体にまわった腕が離れていく。
 弥子がネウロの方を向くのと、ネウロの唇が肌をたどって手首のあたりまで辿り着いた
のはほぼ同時だった。
 ネウロを見上げていた弥子の視線は、彼の動きにしたがって徐々に下降する。
 手の甲にあった唇が離れるのと、ネウロが片膝をつくのと、指に冷たい何かが
触れるのもやはりほとんど同時で、ネウロから自分の指へと、弥子の視線も動く。
 「……え?」
 指輪。左の薬指に。
 驚きの表情とともに、弥子は左手を自分の目の前に広げる。それを見たネウロは
少し前まで彼女に触れていた唇に笑みを浮かべると、さっさと立ち上がった。
 「人間は、こんな演出を喜ぶのだろう?」
 「え……、と」
 言葉が出ない。妙に余裕ありげなネウロに一言言ってやりたい気もするし、何故か
自分の好みにストライクな指輪そのものについてもそうだ。そして何よりも、伝えたい
ことは確かにあるのだが。
 ネウロが満足げに目を細める。そして弥子は、再びネウロの腕の中に閉じ込め
られることとなった。
 何も言えないかわりに、彼の背中にまわした腕に力を込める。それが何より雄弁に
自分の想いを語るように。
 ネウロが耳元で囁いて、弥子はただ頷いた。
 胸に埋めた顔は、きっと今までで一番赤い。



            end


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   イメージソング&作業BGM “Merry Christmas without You”
   ちょっと未来の話だし、こんな商品あったらいいな、という願望もあったり。

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